最愛の出会いと別れの間に間に

未来の自分のために書いた、

ただの文章はちゃめちゃ担降りブログです(笑)

 

 

 

 

今年の春、10年間のジャニヲタ人生にとうとう終止符を打った。

理由は『他に好きな子ができた』というありがちなパターン。

 

当時のわたしの担当はジャニーズJr。

彼を見つけた日の出来事は今でも鮮明に覚えている。あの日は確か強風だった。曇天の中の景色はどこも灰色。空では雷が唸り雨粒は地面を迸る。そして追い打ちをかけるように交通機関に乱れが生じた。

そんな荒々しい天候の中でもヲタクたちは逞しい。なんてたってこの日のために日常生活を切り抜けてきた者たちばかりなのだから。それぞれがどーにかこーにか目的地である梅田芸術劇場を目指し、次から次へと会場内へ吸い込まれていく。ヲタクたちの足取りは色鮮やかで軽快だった。そして数十分ほどの遅れを待って開演した。

 

 

それは2012年のSexyZoneのコンサート、当時担当が不在だった私のお目当ては、松島聡くんだった。

テレビで見るのはもちろんだが、生で見てもやっぱり当然にかわいかった。

しかし私の目を引いたのは驚くことに聡くん以外にもいた。そう、のちの自担である。彼の顔は青白く、お世辞にも元気とはいえない表情をしていたが、どの曲も全力で踊っていた。へたることもなく一心不乱に目の前のすべきことに集中していた。(後から知ったのだが、どうやら彼はこのとき体調不良だったらしい)

 

それはわたしが落ちるには十分すぎていて、気付けば彼の担当になっていた。

デビューへの夢を掲げ、どの公演も完璧なまでのアイドルとしてステージに立つ彼。マイペースだけど興味のあることは臆することなく挑戦し、決めたことは最後までやり遂げるほどの完璧主義者。jr仲間にも定評のある器用さを持ち前に、どんな逆境もサラリと笑顔で躱し臨機応変に対応する。そんな子だった。

 

芸歴を重ねていくにつれ、ダンスパフォーマンスは磨かれ、自分のファン以外の人にも自分を知ってもらうべく、行く先々の公演で爪痕を残すようになりますます目が離せなくなった。そんな目まぐるしい生長の変化を一瞬たりとも見逃したくないという想いから応援のスタンスが変わってくる。自分に義務を課すようになったのだ。

最前全通出待ちまではしなかったが、入れる公演は無理やりでも入ったし、出演する番組はくまなくチェックしTwitterやファンレに感想を落とす、そして雑誌のアンケートは毎月ぎっしり書いた。写真が出れば買えるだけ買占め、どんな些細な情報も見逃すことがないように徹底した日々をおくるようになる。これもあれも自担のデビューのため!その一心で応援していたような気がする。

 

そしてわたしはある年、就活生になりこれを機に現場自粛をしようと決める。(なんて堅実なのだろうと我ながら思う。)

ちょうどいい機会だと思った。義務化する生活が楽しくないわけじゃかったけど、周りのヲタクとの温度差に正直しんどいと思うこともあったから一旦距離を置くことで気持ちを切り替えようとしたのだ。

そして2015年 ガムシャラsexy夏祭りの現場が最後となる。そのときの彼を見て改めて思った。やっぱりたぐいまれなる天才肌だということを。決めるところは絶対はずさない、そしてどの公演もアイドルとして最高のパフォーマンスをしようと全力で挑む姿、頭の先からつま先まで君は完璧なアイドルだった。

 

以降この生活に切り替えてからは、特に現場への恋しさも生まれず、私生活を楽しみながら自担の情報をSNSなどをはじめとするメディア媒体から把握し続けた。

そんな日常をおくっているうちにあるジャンルと出会う。それは今巷で人気の2.5次元舞台だった。

原作漫画を舞台化し、若手俳優がキャラクターに扮して演じるというアレである。最初はへ~と薄目で様子をうかがっていたが、ある日この世で一番好きな漫画が舞台化するという情報をききつけ、初の2.5次元現場へ赴いたことが今後の引き金となった。

舞台はおもしろかった。一番好きだったキャラクターが完璧なビジュアルで目の前に立っているという現実に卒倒したし興奮した。2次元3次元と分けて物事を判断してきたわたしにとってそれはとても新鮮でハマらざるを得なかったのだ。以降それを発端に、気になる俳優を見つけては出演作品を観劇したり、イベントに参加したり、ジャニーズでは味わえないその業界独特のサービスをマイペースに楽しむようになっていく。同時に自担に関してはどんどん情弱になっていった。

 

そうこうしている間に自担は大学生になった。久々にTLで見た彼は私が熱を込めて応援していたころのビジュアルからは程遠くなり、イケイケになっていた。

立ち位置はあの頃のままではなくなったことも、毎週出ていた番組にあまり出なくなったこともなんとく知っていたから大きなショックはなかったにせよ、わたしが好きだったころのビジュアルはとうの昔になくなっており、その事実はかなりの衝撃をもたらした。

でもこれは仕方のないことだとすぐにあきらめがついた。

まず、彼の人間性に興味を持ち、そこから派生して顔も好きになったという流れなのでこうなることは不可避だったし、その点はちゃんと覚悟していたのだ。ただその時が来ただけのこと、そう思うことにした。おまけに自担のファッションにはそのような兆候が以前から見受けられたので抗うことなくストンと腑に落ちることができた。

 

だが、あのとき自粛せずマイペースにでも現場へ通ってたらこんな気持ちになっていなかったかもしれない、なんてことも考えた。なぜなら彼は今も変わらず夢を追いかけていたから。

新しい子が出てくるたびに彼の立ち位置は変わるし、同じラインで踊っていた仲間もステージから去っていく、そんな環境でも彼は変わらずに自分を信じて突き進んでいた。その姿に敬意を払いたいと思ったのだ。

 

でもどう頑張ってもあの頃の気持ちは取り戻せなかった。

私は誰がどう見てもその子の担当とは思えない現状だったし、自分も担当と言うことに後ろめたさを感じていた。そしてなにより引っかかったのは今好きな俳優の子と同質同量で応援することは難しいと判断したからだ。

もうこれは人間である以上仕方のないことだと思っている。人は変わるものだ。そしていつかそういうときがくることは担当と決めた日からきっとなんとなく気付いていた。

 

 

 

今年の4月、運命かと思った。5年前に自担を見つけたあの梅田芸術劇場で好きな俳優の子が出演するライブを見に行ったのだ。ステージに立つ俳優の彼は自担と同じように最高のパフォーマンスをしようと全力だった。そして夢へ向かって突き進もうする姿は本当に美しかった。それを見たときあの頃の景色を思い出したからだろうか、なんだかいろんな気持ちが込み上げてきて嬉しいような寂しいような、言葉にし難い気分に心地良さを感じていた。

そしてこの日を境に担降りと、10年のジャニヲタ生活に区切りを打った。

今思えば自担のおかげで素敵な友人たちと出会えたし、毎日が充実していた。たぶんすごく幸せなジャニヲタ生活をさせてくれたんだと思う。自担と出会えた私は本当に運がよかった。

 

今は怪しげな雲行きが見えるJr界だけど、彼なら持ち前の器用さとマイペースさと底抜けのアイドル魂でひょいと壁を越えていけるような気がします。

エゴかもしれないけれど、これからも応援させてね。

そして大学生活、楽しめよ!

 

 

素敵な人生を運んできてくれて

本当に

ありがとう!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

そして若手俳優のファンとして本格的にシフトしたわけですが、応援スタンスはどうもジャニヲタのままらしく、この業界の独特な雰囲気に一向に慣れる気配がありません。ジャニヲタが恋しいです(笑)

 

以上。おしまい!